写真は、懐かしいPANTONE 色見本と
大日本印刷のグラフィック・マテリアル。
もう大日本インキDICや東洋インキTOYOの色見本帳は処分した。
20数年前にコンピューター制作に変わり不要となったが、
かってはデザイナーの必需品だった。
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大学に入り晴れて煙草を吸い始めた頃、
祖父の前で得意になってピースを燻らせた。
「ケイジ、煙草を始めたのか?
まあ、1箱で株が1株買えると知って喫煙しなさい。」と
実業家だった祖父に教えられた。
当時、ピースは40円、株価が50円前後だった。
あれから数十年、何十万本のタバコを煙にしただろう。
そして、現在の株価でも葉巻1箱で優良株が買える。
祖父のアドバイス通り株を買っていれば、今頃は?
アハハ、人生は煙の様に面白い。
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喫煙が大人の常識だった頃の話をしよう。
安いタバコ「しんせい」や「いこい」は、
当時「重役タバコ」と呼ばれ尊敬されていた。
成功した会社経営者や商店主達が愛煙していたからだ。
終戦後の貧困を乗り越えた経験から学んだ
彼らの経済観念だったのだろう。
学生時代、深夜などにタバコを切らすと、
吸殻を集めて解し英和辞書を破った紙で巻いて吸った。
辞書に使われている紙はライスペーパーと呼ばれる
紙巻タバコの紙と同じ紙質が使われているから。
印刷原稿入稿の色指定は4色掛け合わせの%や、
色見本帳のDICやPantoneの色見本チップを付けたが、
紺色はピース紺と指定するのが常識だった。
また、カメラマン用語で撮影に不向な太陽が高く
晴天の事を「ピーカン」とか「ドピーカン」と呼ぶが、
ピー缶と愛称された50本の缶入りピースの
ピー缶と愛称された50本の缶入りピースの
紺色ピース缶と紺碧の空からの造語である。
ピースのデザインは有名なアメリカのデザイナー
レイモンド・ローウィのデザインであった。
当時、日本専売公社が支払ったデザイン料は150万円。
総理大臣の月給が11万円の頃だから大いに話題になった。
まだ商業デザインへの認識など無かった1952年。
このデザインによりピースは爆発的に売上げ、
デザインの重要性が認識される切っ掛けとなった。
オリーブの葉をくわえた鳩がデザインされた
ピース(Peace)の紺色の箱が意味するのは、
旧約聖書のノアの方舟の章で、外界の様子を知るため、
ノアの方舟から放った鳩がオリーブの葉をくわえて戻った。
それで大洪水が収まり安らぎの大地が近い事を知った、
と言う逸話に因んで鳩が平和の象徴とされたからだ。
ピースは、敗戦の傷が残っていた当時の日本で、
平和な未来を願って発売されたタバコであった。
あれから約70年、また勇ましい人達が現れ始めている。
彼らは井の中の蛙の様に世界を知らなさ過ぎる。
もう戦争は懲り懲りだと思った当時の日本人の願いは、
嫌煙権と共に消えてしまったのだろうか・・・
4 comments:
Keiji 様
遅くなりましたが、
明けましておめでとうございます。
本年も、よろしく お願いいたします。
いろいろな事や写真、絵を、今年も、楽しみにしてます。
pepeのアップの顔写真 素晴らしかったです。
良い一年で、ありますように!!! mizuno
MIZUNO MASAO 様
新春のお喜びを申し上げます。
昨年は励ましのお言葉など頂き有り難うございました。
本年もよろしくお願いいたします。
Mizuno 様は、写真もお詳しそうですね〜
pepeの写真をお褒めいただき嬉しいです。
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ポルトガルのシンガー最高ですねー!性格が単純な者で、あれ以来2本が3本になりこのままでは昔の様にガンガン行きそうです。無意識にネットで葉巻を取り扱いしている店を探している自分が怖いです。アーアー!
S-GERUさん。
ポルトガルのシンガーは、貴方用に出しました。アハハ
葉巻、興味が出て来ましたか・・・
貴方に似合うのは、トリニダッドのレジェスしかありません。
まず、シガーバーでカットの仕方、火の付け方を習って下さい。
シガーバーは大きくカットするので、小さくとお願いして下さい。
後日、海外の購入先や保存方法などコーチいたします。
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