2015/07/25

1894年セス・トーマス懐中時計とオルテガ著「大衆の反逆」。

1894 SETH THOMAS 17 jewels Checker bord 2 Tone Movement
in Deer Engraved Case 18s


怪訝そうに黒い瞳で私を見詰め
深い森に消えて行く鹿の姿。
それは夢の中の様で 音の無い世界・・・

懐中時計の裏フタに彫られた鹿が、
山で暮らした13年間を思い出させる。
人と出会うより鹿と出会う方が
多かった山での暮らし、
鹿と出会った日は幸せな気分になれた。
だから、東京で暮らす今、
この鹿が彫刻された懐中時計を
ポケットに入れて歩く。

明治27年 (1894) に造られた、
121歳のセス・トーマスの懐中時計。
100年以上を経過したアンティーク。
カチカチとケースに音を響かせて、
今も時を刻む。

セス・トーマスと言えば、
由緒ある旧家の柱を飾った掛時計として
日本でも上流社会では知られていた。
そして、日本の時計産業は、
このセス・トーマスの模倣から出発した。
当時、その価格は住宅価格に
相当したと言う。
セス・トーマス”Office No.3”と、セイコー(精工舎)の模倣品「花」

1813~1930年、セス・トーマスの永い歴史の中で、
懐中時計を造った期間は
1884年~1915年の僅か30年間。
その生産数は極めて少ない。
19世紀末から20世紀初頭、
機械文明の進化は社会を大きく変貌させた。
1929年、哲学者オルテガの「大衆の反逆」
に象徴される根源的な価値観の変化。
それは、高貴な生に対する下等な生の反逆。
大衆の中に見る野蛮性と原始性の反乱。
現在、日本の幼稚で利己的な社会風潮が
それを如実に示している。
”La rebelion de las masas"
Jose Ortega y Gasset

中公クラシックス新書 寺田和夫 翻訳(左)
ちくま学芸文庫 神吉敬三 翻訳(右)
1930年代、
ハワード、イリノイ、ハミルトン、エルジン、
ハンプデン、ウォルサム、セス・トーマス、
それまで世界を凌駕していた
アメリカの時計産業は消え去った。
栄華を誇ったイギリスやフランスの時計も
変革に対応出来ずに衰退した。
そして、それまで下請け的存在だった
スイスの時計が成上がって行く。

1920年代のアメリカ製時計の美しいムーブメント
1920 E Howard Series O 23J 16s LS
1920 South Bend The Studebaker 329 21J 18s 

セス・トーマス、
裏フタに彫られた野生の鹿の様に
時代に取り残され、消えて行った時計達。
その消滅の美学が私を魅了する。
そして、私は待ち望む。
若い人達による宇宙的な視野からの
新しい価値観と美学の到来を・・・



2 comments:

s-geru said...

XKのエンジンルームの様に渋く、重みありウットリとします。

pepekeiji said...

確かに、古い懐中時計はXKエンジンの様ですね〜
前面クリスタルガラスを手の平で回して文字盤を露出し、
中のレバーを引上げて針を動かし時間合わせしたり、
チョークを引かないとエンジンが掛からない
面倒なXKエンジンと同じです。

すぐに飽きてしまうと思いますが、
分解掃除が出来る技術を身に付けたいと思う程、
古い懐中時計に凝りまくっています。

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