2011/05/20

オースチンA50ケンブリッジ


写真のステアリング・ホイールは
免許を取って最初に乗った乗用車のモノである
そう「日産オースチンA50ケンブリッジ」

まだ未舗装の泥だらけの道路が多かったから
リアフェンダー内側に溜った泥でサビが出ていた
当時バッテリーは貴重品だったから
下り坂を利用してエンジンを始動させようと
いつもアパート近所の坂道に止めていた
個人が車を所有すると言う概念が乏しかった時代
僕は得意になって走らせた

まだ日本の自動車が世界を制覇するなんて
誰も想像出来なかった1950年代
日産は英国BMCのオースチンA50ケンブリッジを
1955〜1960年までライセンス生産していた
このオースチン組立てから得た技術により
ブルーバードやセドリックを生み出し
「技術の日産」をキャッチフレーズにして
世界に羽ばたいたのである

当時の日産社長川又氏が渡米した時
ブロードウェーのミュージカル”My Fair Lady”を観て
感銘を受け命名したと伝えられる「フェアレディ」
何と男のロマン溢れるネーミングだろう!

原発事故で世界の信用を失った今
あの頃の純粋だった熱情を取戻して欲しいと願う
...

5 comments:

がらくた親父 said...

昔、スカーレットという車があったような気がする。
あれは、日産車か???
であれば、「風と共に去りぬ」の主人公の名前に由来しているのであろう!!!

アメリカ文化が色々な意味で、影響を受けていたのであろう。

我が記憶も、「風と共に去ってゆく」か???

まだ、「千の風」にはなっていないが・・・。

まだらボケの「つむじ風」が、吹いているようです。

W.K. said...

がらくた親父さん

打ち拉がれた今の日本に、
まだらボケの「つむじ風」を大いに吹かせまくってください。

占領軍が敗戦国ニッポンに根付かせた
民主主義の美名に隠された「愚民化政策」を吹飛ばして下さい。

「アメリカのポチ」に成らざるを得ない国際政治の現実からは
逃れられないとしても、
幼児社会化した日本を立て直すために・・・

s-geru said...

ご無沙汰しております。この車は本当に懐かしいです。ロイド、そしてジャガーマークⅡを小さくしたようなA40の後このケンブリッジに私が小学校2年頃に父が乗っていました。 62歳になろうとしているのに今でもナンバーも覚えています、大5す1363、keijiさんは私より10歳位先輩だったのですねー。

W.K. said...

s-geruさん、お久しぶりです。

当時アメ車が全盛でしたが、米軍の払下車しか日本人は買えなかった時代、
懐かしいですよね〜 ISUZUはヒルマン、日野はルノー・・・

s-geruさんは、もっとお若い方だろうと想像していました。アハハ
でも、VANの”for the young and young-at-heart."

僕も、まだヤング・アット・ハートで楽しんでいます。

s-geru said...

young at heart ライフスタイル、教養、拘り、頑固さ、感性
遊び心、動植物に対しての優しい思いやり、クールな所カッコいいkeijiさんを目標に少しでも近ずけるように頑張ります。

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