2012/03/20

フェードラと、古い唄 ”It's a Sin to Tell a Lie”

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未だに頭髪は多過ぎるのだが、何故か帽子が好きだ。
ブリムやクラウンの形ちと角度、リボンが微妙に違うから、
被らない帽子も多いが帽子屋の様に持っている。

僕の子供の頃は大人達が帽子を被るのが普通だった。
小学校・中学・高校でも制帽があった。
大学の入学式でも校庭で帽子屋が店開きをしていた。
新入生の一部は記念にと購入していたが、
やっと制帽から解放されると僕は購入しなかった。
入学後1ヶ月も経つと角帽など被る学生は、
僕の大学では馴染まなかった。
中折れ帽とかソフト帽と呼ばれたフェードラも、
レインコートを着て張込む刑事さんの帽子となって
大人達からも敬遠され始めた頃である。

大学の帽子は頂上部が正方形だったので角帽と呼び、
金色の徽章で何処の大学生かを示していた。
あの頂上部が四角だった角帽は、
学位授与式に被る四角い帽子の影響なのだろう。

ただ、慶応義塾大学だけは丸い帽子で、
ペン先をクロスさせた小さな徽章で異質だった。
また早稲田大学の角帽の四角は薄く座布団の様だった。
三日月を校章とした関西学院大学も、
丸帽だった様な気もするが記憶が定かでは無い。
大学へ進学する人が少なかった時代だから、
それらは全国の高校生の憧れだった。

大学では応援団にも所属したが角帽は無用だった。
僕の大学の応援団は当時では考えられないスマートさで、
黒いVの字を大きく編込んだ真白セーターがユニホームだった。
しかし、それは軟弱を意味せず硬派の凄みは宿していた。
事実、空手やレスリングの猛者が多かった。
試合前後のエール交換など伝統的な儀礼は守ったが、
先輩達は欧米ナイズされたハンサムな方が多かった。
神戸と言う土地柄もあったのだろう。

表面に自身の洗礼名Michael を裏面には恋人の名を彫刻した
銀のブレスレットを巻いたクルーカットのChino先輩。
現代では男のブレスレットなんて珍しくも無いが、
当時の日本では進駐軍のアメリカ兵が付ける認識票に思えた。
その先輩がいつも口ずさんでいた唄 ”It's a Sin to Tell a Lie”
今も僕は歌詞を憶えていて唄える。



サムシン・スミス&ザ・レッドヘッズとバンジョーの響きが
恰好良かった先輩達の姿とオーバーラップする・・・。



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4 comments:

s-geru said...

僕は既に頭髪は禿げつつあるので、父が愛用していた、
このタイプの帽子をいずれ被りたいと思っております。
大学生の角帽も懐かしいです。子供の頃を想いだします。
大学生が、角帽を油などで光らしていた様に、子供心ながら
味があるなーと興味をもって見ていました。
keijiさん応援団でしたか?軟派だとばかり思っておりました。
すいません!K大学の応援団は、ソフトなイメージがあります。 K学園は母が僕を小学校より入学させたかったらしいですが、
遠方の為に、O学院小学部になりました。
K大学は個性がありカッコ良いので、憧れてK大学を受験しましたが、
残念ながら不合格でした。
今は各大学、全く個性がなく特徴も無いのが面白くないですねー。keijiさんの後輩、V-IMGさんの最新のブログ見られました?笑いました!

pepekeiji said...

V-IMGさんのブログで貴方の写真を見付けましたが、
右手の光り物に興味を感じました。アハハ

お父様の帽子は、今では貴重品ですよ。
古典的なシルエットが少なくなっていますから。
例のダメージ・ジーンズの時に、ぜひ被って下さい。
ドレスアップした時は止めた方が無難です。
日本では仮装パーティの様になりますから・・・。

s-geru said...

光物は父の形見の品とカレッジリング2本しています。
VAN時代はアメリカのカレッジリングをしていましたが、
やはり母校のリングで無いと意味が無いので、友人3人で
別注で作りました。息子の大学のアメフトのチーム卒業記念品も
僕のカレッジリングをモデルにメンバー全員が作りました。

pepekeiji said...

お父上の形見でしたか・・・・
写真では、主役のVWのモデルカーよりも
オーラーを感じた理由がよく解りました。

カレッジリング、懐かしいですね〜
アメフトの猛者達だけに許された誇りの象徴・・・
息子さんの卒業記念のリングはイイですね〜

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