2011/06/23

日本の夜は明る過ぎた


昼から夜へ「たそがれ時」に対する意識は
国民性や気候風土に影響される。
日本では日没の1時間前に照明をつけるが
ヨーロッパでは明るさの余韻を惜しむかのように
日没の頃まで照明をつけ無いという。

この意識の違いを知人と語り合った時、
知人は「日本人と西洋人の眼球の違いだ」と言った。
確かに日本人の目は光りを調節する虹彩が茶色く
西洋人の青い目の虹彩とは違っている。
また太陽光も日本人はサングラス無しでも平気だが
西洋人の多くは辛そうだ。

とは言え日本の夜はこれまで明る過ぎた
と原発事故により覚醒した節電への関心は
日本人の意識を大きく変化させつつある。
それは、本来の日本人が持っていた美意識を
取戻しつつあることを意味する。
派手なネオンサインや過度に明るい夜間の環境は、
人に常に動き回ることばかりを強いて
思考する時間を奪っていたことは確かなのだ。

日本家屋が織りなす陰影の美について書かれた
谷崎潤一郎の随筆『陰翳礼讃』の美意識を
再び我々は取戻せるのかも知れない・・・
...

2 comments:

がらくた親父 said...

夜の闇が濃く深くなると、精霊たちの復活もあるかもしれない。
本来は、夜と昼で、支配者が違っていた。
昼の支配者は人間という生物を作り、夜の支配者は精霊だった。共存共栄をしていたが、いつの間にか、人間の欲望が、夜の闇の世界を侵食した。
昼の生き物は、夜の闇に畏敬の念を持って生きるのが快適な暮らしであった。
そして、自然の摂理に順応して、生きるのが、快適な生活であった筈だが、人間の欲望は闇を破壊した。精霊たちは行き場を失ったと言われている。そして、いつの間にか、自然への畏敬の念も失われた。
それが、この自然の怒りかもしれない。環境破壊を考える。

W.K. said...

がらくた親父さん、

「夜と昼」についての始原伝承は世界中に似通った伝承があり
自然哲学的に興味深いのですが、
親父さんのご専門であるアジアの骨董収集を思い合わせると
「チベットの土着宗教ボン教あたりの天界の精霊」の話でしょうか?

いずれにしても「自然の摂理」を「人類の摂理」に
都合良く合わせようとした「文明の挑戦」は破綻しつつあります。

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