2011/05/03

ホイヤーのラリーマスター


1966年報知新聞が主催していたラリー
ベストドライバーコンテストに僕は挑戦した
全国4カ所の予選の後に決勝が行われ
優勝者はロンドン招待とオイル1年分だった
当時それは夢の様な賞品だった
上の写真はその時の参加賞バッジである
サファリラリーなどに習って
ぶら下がる年代プレートは参加する度に増え
参加回数が解る様になっている

1960年代ラリーの必須アイテムと言えば
ホイヤー製の「ラリーマスター」や
ハルダ製の「スピードパイロット」
特に8日巻きの時計マスタータイムと
ストップウオッチのモンテカルロがペアになった
ラリーマスターは僕の憧れだった

いま僕がXK120に取付けているのは
後年ホイヤーから発売されたレプリカである
ストップウオッチ・モンテカルロは手巻きだが
時計のマスタータイムは野暮なクォーツだ
ドアロックなど滅多にしないので
盗難を恐れ普段はコレを使用するが
ココ一番と言う時には知人から贈られた
高価なハンハルトに着替える

15年程前ゴルディーニを脚にしていた頃
‘60年代のモンテカルロラリーを壮絶に戦った
クーパーS とゴルディーニを想って
このラリーマスターのレプリカを購入したが
カーナビやオンボードコンピューターが
ダッシュパネルの常識となり
誰もが運転出来る乗合自動車が普及した今では
ホイヤーのラリーマスターも
ソロバンの様な存在かも知れない
...

2 comments:

Anonymous said...

ホイヤーのラリーマスター、その他のシリーズは今海外でとんでもない人気が出てしまっているのが現状。
ヴィンテージラリーがここ10年で世界中で盛んになり、参加者は現代器具は一切使用が出来ない。そしてまた、機械式の時計がハイテク企業の幹部達が好んで集めている様にホイヤー、ハンハルト、ハルダ等のヴィンテージタイマーも注目の的になっている。
現代化が進めば進むほど古い物に憧れ それを求める、人間とは面白い生き物だと思う。

W.K. said...

当時は、まだクルマが一般社会に普及していなかったので
各大学の自動車部が大活躍していました。
富士~霧島4,000kmラリー、日本アルペンラリー(1,500~3,000km)
などの長距離ラリーが有名でした。
クルクルと手回しの機械式計算機を使うのが常識でしたが、
チェックポイントを出て500m程度を走る間に、
その間の遅れを計算し何キロで走れば良いか割り出していました。

ミッレミリアに出た時もデジタルは使用禁止でした
タスマニアは1800年代〜現代車までクラス分けして走るので
デジタルが使用されていました。

人の能力や感性の進化速度は想像以上に遅いから
昔の人間的な機械の方がマッチするのかも知れませんね。
もう生まれては来ない希少性も魅力ですし・・・

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